今日、待ち合わせをしていて、友人を待ちながらふと子供のときの事を思い出した。
それは幼稚園の時。
1度、母のお迎えが遅くなった事があった。
幼稚園ではまだ、教室を使用してのバレエ教室が行われていたりしてて、
だれもいなくなったわけでは無かったのだけど、、
私は、そういう時、平気で一人遊びしていられるような子ではなかった。
友達が帰ってしまったあとの静かな幼稚園に、暮れていく夕日、、
おセンチで、自意識の強い子供だった私は、
そんなシチュエーションは、どうにも耐えられなかったのだ。
さくら組でやっているバレエの様子を見て気をまぎらわすのだが、
もう、どうにもならない不安で、涙がとまらなかった。
時々、先生も通りかかっては「あら、まりちゃんママ来ないの?」と声をかけてくれたが、
そういう時に甘える事の出来ない子で、
何も答えずに、ただただ泣いていた。
こっちにいらっしゃい、と言われても、そこを動けなかった。
そこ。
さくら組に行く、渡り廊下のあたり。
やっと来てくれた母は、あまり機嫌が良くなかった。
私は、それも気に入らなかったのか、
さらにぎゃぁーぎゃぁー泣きわめくわ、駄々をこねて、母の手をふりほどくわ、
どうしようもないまでの号泣パフォーマンスをくりひろげた。
謝っていた母も、しまいにはあきれて、
「もうママ行くわよ」と怒って、ひとり幼稚園の坂を降りていってしまった。
幼稚園からの坂は結構急なので、
背の小さい子供には、あっという間に人が見えなくなってしまう。
その、母が見えなくなった瞬間。
自分を迎えに来てくれた人さえ失ってしまったような思い。
追いかける事が出来なかったのは、
さらなる不安と恐怖に立ちすくんでいたのと、なぜかどっか強情で抵抗していた気持ちだったか。
ものすごい大げさなようだけど、あの時の私は、
初めて 孤独 みたいな ひとりぼっち を感じて、絶望したんだ。
大げさだ〜、、でもそのくらいの事だった。。。
たぶん、再び張り裂けんばかりの声で泣いて、
母は勿論もどってきて、引きずられるようにして帰っていったんだと思うけど。
それから何度も、その時の事を思い出して、
あの時、母が来なかったら、私はどうなっていたのだろう・・・
考えるだけで恐ろしい〜と、繰り返し恐怖を思い返した。
ま、絵的には、ちびまる子ちゃんみたいな感じだよな。
人との出逢いにアンテナをはっている私は、
常に誰かを、何かを待っているように思う。。
いや、
待っている、、というより、もう少しアクティブなものなんだよなぁ、、
いつでも出逢えるようにしてあるというか。。
出逢う事って、のんびりしてても出来ないから。
でも、時に、「待つ」という事を意識する事もある。
逆に、「待てない」と思う事もある。
「待っている時間はない」と思う事もある。
「待っているわけにはいかない」
「待っている場合ではない」
いろいろ思う。
「待っていよう」と思う事もある。
「待っていたい」と思う事もある。
それは、待ち合わせではないから、
お迎えが来なくて泣きわめく事はない。
それでも「来てくれたらとっても嬉しい」というものではある。
